原ひろ子著『子どもの文化人類学』

 26,2016 21:25
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原ひろ子著『子どもの文化人類学』晶文社 1979年初版 
学生時代から,もうずーっと手元に置いて,何度か読み返している本。
概要はこちらに書いてあるけれど,色々な民族文化(の中で育つ子どもの姿が主)が書いてあって,すごく興味深い。

文化の違いとはよく言うけれど,本当に違う。
普段自分の暮らしている場所の価値観や風習って,一体何なんだろう,と,立ち止まらせてくれる本。

ヘアーインディアンという狩猟民においては,重病人が出ると,テントにあふれんばかりの人が集まって互いに寄り添い,病人をはげますそう。これは,「よくなるように」と励ますこともあり,「よく死ねるように」励まし見守ることもあるのだとか。後者のような考え方があるのだ!と,目から鱗が落ちる思いがする。

ヘヤー・インディアンにとっては,育児は「はたらく」「あそぶ」「やすむ」のうち,「あそぶ」のカテゴリーに入るのだというし,私達が当たり前に使っている「教える」という「概念」がないらしい!それって・・・す,すごい!


子どもをうっとうしいと思っている,ある民族文化の紹介の中。男の子がほしかったのに女の子が生まれると,木の皮に包んで川に流し,川下でそれを拾った人が拾い上げて連れて帰るか,やはり望まない性の子であればまた流される(別な性でもまた同じ)というしきたりにも驚く。

自分の餓え死にしない事だけが,最も大切な事になってしまったという民族の話は,強烈。
時の国の政策のせいで,それまでの移動生活から定住を余儀なくされ,それに伴い,お互いを思いやったり協力するという人間性が急速に失われてしまった人々。弱き者は,嘲笑や略奪の対象となり,人に優しくする者は「変人」扱いとなる文化。この部分については,残酷に思える事態の描写なので,言及する側の,著者のためらいも垣間見えた。

日頃自分のいる世界とはまるで異なる世界の紹介に,しばしば驚きつつ,それでも同じ地球上に住む同じ人間なのだということに,深く考えさせられるものがある。

それぞれの異なる文化の中でも,子どもたちは育っていく。本当に私が日頃信じていると思っていること,譲れないと思っていること,物を考える前提って,本当に一体,何なんだろう?


この本は,もう数十年以上前のものになってしまったけれど,何度でも読むたびに,自分の足元を見直すような新鮮な気持ちにさせてくれる。いつでもこの地点に立ち帰りたいと思う。自分にとっての「普通」や「当たり前」「前提」は,本当にどうなのか,ってこと。

この本に出合えて良かった,と思う1冊。

※ちなみにアマゾン中古単行本で50円だって(笑)


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Comment 2

2016.02.27
Sat
03:17

♪デコ♪ #gwQYCaNk

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物事を考える前提っ人によりけり
どんな捉え方をするかで決まってしまうからねぇ。

思い込みをなくして柔軟に考えられるのがいいんだけど
中々そうもいかない。

しかしそんなときその思い込みに気づいたら
なにかが変わる^^

気づきは人の心に変化を生む
それから変わる事はいつでも出来る^^

自分の立ち位置でさえ見えてくる
土台は全て自分で作る
その土台をどんな形にしていくかも自分次第で決まる(#^.^#)とデコは思う

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2016.02.27
Sat
22:05

山麓 #-

URL

デコさんへ

思い込み自体に気づけたら,きっと変わりますよね。
私は結構思いこみが強いところがあるので,気をつけなければと思っています。けれど,なかなか気づかず・・・・(-_-;)。
人と接したり,本を読んだりする事が気づきの機会になることが多く,ありがたいなと思います。
自分で作る土台・・・もう,人のせいにはできない年齢になりました(^_^;)。

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