祖母逝去

 27,2016 23:59
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私の祖母が亡くなった。あと数日で100歳を迎える予定だった99歳。
老人ホームで,いつもと変わらない様子のまま,そばに付き添っていた人がふと気づいたら息が止まっていたというほど,静かな逝き方だったそう・・・大往生だ。

最後のお別れでは家族や身近な親戚は涙を浮かべたけれど,どこか皆それでも,祖母がその人生を全うしたことにホッとした様子。100年も生きると,悲しむとか,思い残しがあるだろうとか,やり残しがあるだろうとか,そういうムードはなく,清清しかった。

身体の小さくて華奢な祖母から,5人の子が生まれ,そこから13人の孫が生まれ,そこから16人のひ孫が生まれ・・・・すごいなぁ,と感嘆。優しい言葉をたっぷりくれたり抱きしめてくれたりしたような祖母ではなかったけれど,人の愛情の表現は,必ずしもその方法ばかりではない,と,ふと遺影を見ながら思う。
祖母の立場から見た私の親のこと,私自身のこと。小さい頃は近寄りがたくて遠い存在だったけれど,やっぱり私にとっての「おばあちゃん」。
多くを語らず,でも色んなことをしてもらっていたのだと感じた今日。

久しぶりに親類や昔よく顔を見ていた方々にお会いして触れた昔のあの感覚。
たくさんの人に囲まれて,暮らしていたことを思い出した。親類のおじさんやおばさんもみんな「山麓ちゃん」と声をかけてくれたり,手を握ってくれたりして,たくさんの嬉しい再会もあった。子どもの頃一緒に遊んだいとこ同士,お互いの子どもが遊ぶ様子に目を細めたりもして。

これからの祖母は,お空からまた淡々と見てくれるかな。先に亡くなっていた夫である祖父に,数十年ぶりに会って喜んでいるかもしれない。
祖母の49日の道中,どうか穏やかに行けますように。

合掌。



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Comment 4

2016.06.28
Tue
08:05

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2016.06.28
Tue
20:57

山麓 #-

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鍵コメさんへ

コメントどうもありがとうございます。
祖母自身もきっと,すがすがしい気持ちで空から見てくれていると思います。
人の情は,必ずしも温かな言葉や態度だけに示されるものではないのだろうと,考えさせられました。そして,これまで私自身が,実母のサイドから祖母を見ていたのが,今回祖母の立場から物事を見たら・・・と考える機会に恵まれました。一つの立場からだけでなく,別の立ち位置に思いを寄せて考える視点は大切だなと,感じました。

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2016.06.30
Thu
05:27

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2016.06.30
Thu
21:42

山麓 #-

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鍵コメさんへ

鍵コメさん,こんばんは。コメントをどうもありがとうございます。
以前このブログで話に出た祖母は母方の祖母。今回亡くなったのは父方の祖母でした。二人はまるで違うタイプで,私は母方の祖母が大好きでした。でも,ずっと冷徹だと思っていた祖母も,実際のところ思い出してみれば私に対して冷徹だった記憶はなく,他の要素(母からの話)から勝手に冷徹な祖母だと思い込んでいたのだということに気づきました。そう考えると,自分の近親者に関するコメントには重々気をつけなければならないな,と,考えさせられます・・・。
この度の祖母の件で,これまでとはまた違った視点で物事や人との関係を考えさせられていて,それは私にとって祖母の残してくれた大きな財産だと感じています。

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