選り分け

 30,2016 22:22
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↑何だろう,この植物。どこか,冬に見るような景色を感じながらシャッターを押した。

ここのところ考えていること。
例えばAさんがBさんにひどい言動をしても,同じ思いをしていない人は,Aさんを嫌な人だと思う必要がない,という,至ってシンプルなこと。

 例えて言うなら,嫁にチクリチクリとする姑について,孫は知る由もなし。だし。妻に嫌な言動を取る夫についても,子どもはそれを知る必要も,父親を嫌いになる必要もないというような。

ところが「私の苦労を知って」ほしいが故に,「こんなひどい事があったのよ」などと話そうものなら,それは聞く側にとって負荷になるだけ,ということ。
「あなたも一緒に嫌いになって」という意図は,なんだか合点がいかないなぁ。無意識にやっているとしても,やっぱり,嫌だ。
解決のために建設的に話すのなら,当事者,関係者にも話すけど,単に自分が傷ついたことを聞いてほしいのだとしたら,「直接関係ない人」のほうがいいんじゃないかな,と思い始めた。

私自身似たようなことで,今まで知らず知らずのうちに負荷がかかってたな,と最近になって気づいたことがある。直接解決に結びつくのでなければ,近親者についてのネガティブなコメントは,近親者に話すのも,聞くのも,良いことが,なさそう。

気をつけなきゃ。

例えば子どもに,近親者のネガティブなコメントはしないように。子どもは「聞き役」としての対象じゃない。親に,連れ合いの愚痴をこぼすのも同じこと。

最近,考えさせられる出来事があったお陰で,気づいた。

身近な人だからこそ,余計気をつけないと。
苦労話を聞いてもらい,自分が評価されたいと意図するのは,嫌だ。
何でも話せばいい,ってものじゃないという,節度をもてる人になりたい。

さて。修行はまだまだこれからですなぁ(笑)。
話すこと,話さないことを選り分けできる人に。

一つの目標♪






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Comment 4

2016.07.01
Fri
21:56

aunt carrot #Hzu7QKvo

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このことは私も同様に感じます。
夫のことで頭にきて娘に愚痴をこぼしたりすると
娘たちは悲しそうな顔します。
私にしてみれば、同様にそうだ!そうだ!とコブシをあげて
私の意見に賛成してもらいたくて、同情してもらいたいわけだけど、
娘にしてみれば、自分のお父さんを目のまえでガンガンけなされている訳なんですよね。
夫婦のことは夫婦で解決しろって自分に言い聞かせたりします。
きっとこれは嫁姑のことでも一緒なのかも。。。。。
でも、なかなか、それが難しいのですよね。

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2016.07.02
Sat
01:03

ともそぼく #-

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非常に身につまされます
でもそういうとき、相手を否定し自分を正当化してるつもりが、実は自分を最も否定してるような、後味の悪さがある。
それで不安になって「私は悪くないよねえ?」って確かめるためなのか、もっとかぶせたりして、まさに負のスパイラル。
誤った自己肯定の方法なのですね
そう思ったなら、やめればいいんですね

ご無沙汰で失礼していました~

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2016.07.02
Sat
22:25

山麓 #-

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aunt carrotさんへ

貴重なコメントをどうもありがとうございます。夫婦のことは夫婦の間で解決・・・「解決」ってできるものなのかなぁ~と,どこか遠い目になってしまったりして(笑)。
それはともかく,父の事を母が娘に愚痴るときの娘の気持ちは,痛いほどわかります。それでも自分がひとたび「母」の立場となると・・・。そこが肝心なのですよね・・・。修行。修行。まだまだ門もくぐっていないような私です(笑)。

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2016.07.02
Sat
22:28

山麓 #-

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ともそぼくさんへ

ともそぼくさん,こんばんは。コメントをどうもありがとうございます。
深いですね~。おっしゃる通りだと思います。
時に誰かに吐かずにおれない事ってありますが,相手を選ぶというのがポイントなのかな,と思ったりします。近親者もそうだし,ご近所さん,というのも,なかなか微妙な立場ですよね。人はそんなところに配慮を重ねてうま~くおつきあいし合うのかな,と,ようやく今頃になって少しだけ気づきつつある私です。何だか今後が楽しみかも♪(笑)

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